最近の研究事例の紹介

Key words: 流の知見を活かしたエネルギーの有効利用,省エネルギー技術の開発,安全性の向上

(1)壁乱流の大規模構造制御による抵抗低減技術の開発

粒子画像速度計測法(PIV法)と電気化学的測定を同時に適用し,円管流れにおける壁せん断応力と3成分速度場との関係を調べた.壁せん断応力に対する影響を調査するために,流動場を非常に大規模な乱流構造(VLSM)と大規模構造(LSM)に分離し,負の壁せん断応力変動が,VLSMに起因することを明らかにした.壁近くには一対の回転ロールモードがVLSMに現れ,そのスケールは円管半径Rの3倍以上に及ぶ.これに対して,より小さなLSMでは,反回転渦対は認められなかった.本論文では,円管流における回転渦対を発生させる長さスケール閾値が3Rであることが分かった.円周方向への壁せん断応力の2点相関は,壁近傍領域における蛇行(ミャンダリング))の影響を明らかにした.

  • Tong Tong, Kovid Bhatt, et al., PHYSICAL REVIEW FLUIDS 5, 104601 (2020)
    https://journals.aps.org/prfluids/abstract/10.1103/PhysRevFluids.5.104601
  • Ali Mehrez, et al., PHYSICAL REVIEW FLUIDS 4, 044601(2019),
    https://journals.aps.org/prfluids/abstract/10.1103/PhysRevFluids.4.044601

―>研究成果は,共同研究「音響流放射を用いた乱流変動抑制による乱流摩擦抵抗低減法の研究」 川島英幹氏 国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所に展開する

(2)喉頭での発生音と渦構造の可視化

人間の発声は,肺からの空気供給,喉頭での発音,声道での伝搬及び共鳴,口での放射といったプロセスによ って成り立つ(下図(a)を参照).喉頭がん等の病気による喉頭摘出後の音声コミュニケーションの喪失は,患者の QOL(Quality Of Life)を著しく低下させる要因として問題となっており,喉頭再建や代替発声法の発展のために 喉頭での音生成機構の本質的な理解が必要である. 発音器官である喉頭では,下図(b)に示すように発声時に声帯と呼ばれる組織が自身の粘弾と呼気流との相互作 用によって自励振動していることが知られており,声帯の自励振動による呼気流の断続が音源波を発生させる.本研究では声帯の振動を自励振動する実験モデルで模擬し,ハイスピードカメラを用いた PIV計測 によりモデル下 流の流動場測定を行う.流動場測定の結果から,音源ならびに遠方場での音圧を推定する.自励振動するモデル を対象とするため,音圧推定には Curle の式ではなく Ffowcs Williams-Hawking の式を適用する.推定された音圧 と実測音圧との比較を通して本実験モデルからの発生音の支配因子を解明した.また,本実験 モデル周囲の空間的,時間的な圧力変動の特徴を整理し,発生音の発生機構を明らかにした.

  •  喉頭での音の発生と流れの模式図
  •  渦構造から発生する音波
  • 小迫 誠弥 他,日本機械学会論文集,87 巻 (2021) 893 号,
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/transjsme/87/893/87_20-00255/_article/-char/ja

―>研究成果は,愛知医科大学,名古屋大学医学部との共同研究に展開

(3)名古屋大学BNCTターゲット除熱,核融合科学研究所ブランケット徐熱技術の向上

BNCT では,予めがん細胞にホウ素(10B)を集積させ,正常組織に影響が少ない特 性をもつ中性子を照射して治療を行う必要があります.病院に設置できる加速器駆 動中性子源の開発が世界各地で進められていますが,今回開発した次世代型加速器 駆動中性子発生装置は,リチウムターゲットと低エネルギー静電加速器を組み合わ せることで,正常細胞に悪影響を及ぼすγ線・高速中性子などを抑制した「クリーン な低速中性子束」を発生することを可能にしました.また,リチウムは,低融点で容 易に液化してしまうことが課題でしたが,チタン薄膜でシールドするとともに,ビー ム照射でターゲット内に発生する高熱を画期的な高効率乱流冷却法で除去すること で,安全で安定的に保持,長時間運転を可能としました.  名大プレス発表資料.pdf (okayama-u.ac.jp)

タングステンと酸化物分散強化銅を強靭に接合するための「先進的ろう付接合法」により,~10MW/m2以上の定常除熱が可能なダイバータ受熱機器の製造が核融合科学研究所で開発されている.この技術と本研究室で開発した高効率除熱法を融合させ,融合炉用新構造ダイバータ受熱機器の開発をおこなっている.

  •  タンデム型リブを配置した除熱流路
  • M. Tokitani, Nucl. Fusion 61 (2021) 046016 (10pp)
    https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1741-4326/abdfdb

(4)QST核融合材料照射施設IFMIFの界面形状予測と機械学習

IFMIF ターゲット系におけるレーザープローブ法による液体 Li ジェットの自由界面データはレーザーの正反射を捕えて測定するという性質のため, 界面波形の局所の山と谷部分のみしか計測ができないために, 山と谷以外のデータに欠損が生じる. そこで, このような欠損値の補間を行う方法として機械学習の適用が期待される. 機械学習とは人工知能における研究課題の一種で, 事前に与えられたデータに潜む規則を反復的な学習により抽出し, 未知のデータに対する予測や判断を行うための計算技術である. 近年, コンピュータの性能向上に伴い各分野で応用が進んでいる機械学習を流体力学分野にも応用する動きが見られ盛んに研究が行われている. 本研究では, 乱流流動場を対象に熱線プローブで計測されたデータに対する機械学習の適用をふまえ, IFMIF ターゲット系の測定データに近いモデルとして, 時系列データを対象に機械学習を適用しその予測をおこなった.

  •  機械学習モデルの構築
  • 櫻井 雄基,「機械学習による発達乱流場における速度欠損データの予測手法に関する研究」,令和2年度 卒業論文

(5) エネルギープラントにおける配管減肉に関する研究

流れ加速型腐食(Flow Accelerated Corrosion, FAC)は発電所等のプラントで使用される炭素鋼配管流れ中で発生する配管減肉現象である.FACでは配管内部の流動場によって,配管の壁面から溶解した鉄イオンが拡散し,腐食が促進すると考えられている.そのため,配管減肉の検討にあたっては流動場・濃度場の両者を考慮に入れた検証を行うことが好ましい.また,FACは構造が単純な直円管部と比較して,T字管合流部やオリフィスといった逆流や旋回を含む複雑流動場が発生する配管要素において効果が顕著に現れるとされる.そのため,各配管要素において直円管と基準とした腐食の相対的強さを表す形状係数を正しく見積もることが重要である.T字管合流部における先行研究では定常計算(RANS)にて形状係数を求めている.しかし定常計算では十分な精度の形状係数分布を得ることはできておらず,精度向上には非定常性の噴流を再現できる計算を行う必要があると示唆された.上記を踏まえ本研究では,T字管合流部を対象に特定のフローパターンで非定常計算(LES)による流動場と濃度場計算を実施し,合流部における形状係数を導き,定常計算との差異について明らかにした.

  •  T 字管の流れ方向断面における乱流エネルギーのコンター(上:RANS,下:LES)
  • 小林 篤史,「非定常計算によるT字管合流部での流れ加速型腐食の物質伝達と形状係数分布に関する研究」,令和2年度 修士論文

(6) 世界最大Re数のチャネル乱流の直接数値計算

本研究ではベクトル型スーパーコンピュータを駆使し,世界最大レイノルズ数チャンネル乱流場の直接数値計算(Direct Numerical Simulation, DNS)を実行した.使用したコードは高次精度差分法に基づくDNSコードであり,地球シミュレータ2048ノードにおいて70 Tflop/sの実行演算速度を実現し,長時間時間積分を行ったDNS データベースの構築に成功した.得られたDNS データベースの計算精度を検証し,十分な精度を有していることを確認した.

  •  壁乱流における平均速度分布および乱れエネルギー分布の対数則を検証カルマン定数はκ=0.387となることを見出した.
  • Y. Yamamoto and Y. Tsuji, PHYSICAL REVIEW FLUIDS 3, 012602(R) (2018)
    https://journals.aps.org/prfluids/abstract/10.1103/PhysRevFluids.3.012602
  • Y. Kanaeda et al, PHYSICAL REVIEW LETTERS 122, 194502 (2019)
    https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.122.194502

―>研究成果は,共同研究「高レイノルズ数円管乱流の摩擦損失係数と普遍的速度分布型の確立のための国際共同研究」、古市 紀之氏 国立研究開発法人産業技術総合研究所に展開

(7)超流動乱流の可視化と微細粒子のラグランジュ軌道の解析

液体ヘリウムは2.17 [K]を境として常流動ヘリウム(HeI)から超流動ヘリウム(HeII)へと相転移を起こす.超流動ヘリウムは高い熱輸送性を持ち,非粘性流のように振る舞うことから,超伝導マグネット等における優れた冷却媒体としての利用が期待される.HeIIは,粘性とエントロピーを持たない超流動成分と,通常の流体と同様の性質を持つ常流動成分の2成分によって構成される.HeIIに熱を印加すると,2成分が熱カウンター流と呼ばれる内部対向流を形成することで熱輸送が行われる.HeIIにおける熱輸送の理解を深めるため,熱カウンター流に関する実験的・数値的研究が盛んに行われている.しかし,これまでの実験的研究では熱カウンター流を一様流と仮定したものが主流であり,壁面近傍における非一様流動場に関する知見は不足している.一方で,近年の数値的研究ではチャネルダクトの壁面近傍において量子渦と呼ばれる渦構造の存在密度が高くなる傾向が報告された.量子渦は熱カウンター流の相互摩擦として作用するため,HeIIの熱輸送性の低下を招くと予想される.以上の背景から,本研究ではチャネルダクトの壁面近くの熱カウンター流の非一様性を対象とし,流動場の空間構造を実験的に明らかにした.

  •  超流動乱流場の可視化とPTV解析
  • Lizhu Chen, Takumi Maruyama, Yoshiyuki Tsuji, Journal of Low Temperature Physics, published on line February 24, 2022,
    https://doi.org/10.1007/s10909-022-02691-2
  • Naoto Sakaki, Takumi Maruyama, Yoshiyuki Tsuji, Journal of Low Temperature Physics, published on line February 9, 2022,
    https://doi.org/10.1007/s10909-022-02674-3

―>研究成果は,共同研究「渦運動による流体方程式の特異性と乱流の統計性の解明」, 木村 芳文氏 名古屋大学 に展開する

(8)高Re数実験乱流境界層の普遍速度分布に関する研究

鉄道総合技術研究所 大型風洞(米原風洞技術センター)において、高レイノルズ数乱流境界層の速度分布の計測をおこなった。

  • 辻  義之,井門 敦志,西岡 通男, 高レイノルズ数乱流境界層における平均速度分布の普遍性に関する実験的研究, 日本機械学会論文集, 87 巻 904 号 p. 21-00280, (2021). 
    DOI https://doi.org/10.1299/transjsme.21-00280
  • 辻 義之,井門 敦志,西岡 通男,高レイノルズ数乱流境界層における平均速度分布(諸外国の大型風洞との比較)、日本機械学会論文集,Accepted date : 27 February, (2022)
    DOI:10.1299/transjsme.21-00359

(9) レーザードップラー流速計による円管乱流統計量の高精度計測

産業技術総合研究所 計量標準総合センター 工学計測標準研究部門 – 高レイノルズ数円管試験装置((Hi-Reff)において、世界最大レイノルズ数実験をおこなった。 円管乱流における測定体積の補正、高精度な乱流統計量のレイノルズ数依存性を明らかにした。

  • Yuki Wada, et al., European Journal of Mechanics / B Fluids, vol.91 (2022) pp.233–243.
    https://doi.org/10.1016/j.euromechflu.2021.10.007
  • Marie Ono, et al., Reynolds number dependence of inner peak turbulence intensity in pipe flow, Physics of Fluid, accepted for publication, March 11, (2022).